仏教から見る幸せとは



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「幸せとは」、
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と聞くとback numberさんの
『瞬き』という曲を思い出します。
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この曲のなかで幸せとは、

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「 星が降る夜と眩しい朝が
  繰り返すようなものじゃなく
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  大切な人に降りかかった雨に
  傘を差せる事だ 」
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と説かれています。
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利他の心を感じる
とても素敵な幸せ(歌詞)です。
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「利他」という言葉、
実は仏教に関係がある言葉で
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「他人に利益を与えること、
他人のために尽くすこと」
という意味があります。
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歌詞の中で垣間見える、
”自分が雨に濡れてしまっても
大切な人のために傘を差す”姿は
利他の心と言えるでしょう。
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では、
そんな仏教における「幸せ」とは
一体どのようなものをいうのでしょうか?
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「平穏」
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これが仏教における幸せです。
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仏教では、
平穏といった心を
寂静(じゃくじょう)と呼びます。
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意味は
「ひっそりして静かなこと」。
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一切の苦しみから解かれ、
安らかで自由な悟りの境地が
平穏(寂静)にはあります。
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「幸せは平穏であること」
とお聞になったあなた様は
どう思われましたか?
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もっと華美なものが幸せだと
思われましたか?
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もっと豊かなものが幸せだと
思われましたか?
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これは個人のお考えですので、
どのお考えにも正しいものが
ございます。
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ですが仏教の”平穏は”
幸せとは「万人が得られるもの」
そして「自分次第である」
と教えてくれます。
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たとえ、恋人がいても
上手くいくか常に不安を抱いていたら
それは平穏ではありません。
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たとえ、経済的に豊かであっても
孤独を抱えていたら
それは平穏ではありません。
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逆に、
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たとえ独り身でも
心が何にもとらわれていなければ
そこに平穏はございます。
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たとえ社会的に豊かでなくても、
1日1日に感謝して今を生きられていたら
そこに平穏はございます。
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平穏という名の幸せは
「自分次第」です。
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誰かが決めることでも
誰かに決められることでも
ございません。
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自分の「状態」が
平穏という幸せに繋がっているのです。
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冒頭にご紹介した
back numberさんの『瞬き』という曲。
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その曲のなかの
「大切な人に傘を差せる人」はきっと、
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”平穏の瞬き”に
触れていることでしょう。
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