自分に対しては優劣じゃなくて自己満足でいい



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先日私は、
劣等感をつくっているものの正体は
「優劣」なのではないか。
と言いました。
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人と自分を比較したときに
優劣をつけてしまう思考が
劣等感を生む。
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比較すること自体は
悪いことではない、と。
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私が劣等感の正体を
解き明かそうとするなかで
「優劣」という言葉を見つめていると
こんなことが頭に浮かんできました。
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①「自分が何かに”優劣”をつけるとき、
その思考は第三者的観点である。」
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②「自分が自分に”優劣”をつけるとき、
優劣という言葉は”自己満足”という言葉に
変換されることが望ましい。」
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ちょっと何言ってるか
わかりません。
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- サンドイッチマン・富澤
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や〜〜〜、ですよね??😂
失礼しました。
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それぞれの意味を
ご説明させていただきます!
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「優劣」の意味は
優れている、劣っているです。
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「第三者的観点」の意味は
客観的な考え方(立場)です。
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「自己満足」の意味は
自分自身に、または自分の言動に、
自分で満足することです。
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要するに私が
お伝えしたかったことは、
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「自分が何かに優劣をつけるとき、
自分は客観的な立場でいること。
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そしてもし自分が自分に
優劣をつけるときは優劣ではなく、
自己満足に言葉を変換してあげた方が良い。
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自分が自分にまで優劣を
つけなくても良い。」
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ということです。
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(まだわかりにくかったらすみません😢)
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私たちは
「優劣」をつけられて
生きてきました。
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主に成績の優劣。
(劣は書かれないけど!)
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そして優劣はいつも
自分以外の誰かがつけるものでした。
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学校では先生が。
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会社では上司が。
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時に家では両親が。
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優劣によってその個人の行く先を
振り分けるためです。
(進路・部署とかね!)
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ならば
優劣をつけることは
誰かがするものであって、
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自分が自分にまで
優劣をつけてくても
良いのではないでしょうか?
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自分に対しては
優れてる、劣っているの
「優劣」ではなくて
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好きか、そうじゃないかの
「自己満足」でいい、
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そう私は思います。
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あなた様の
性格、個性、コンプレックスに
優劣をつけなくていいです。
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あなた様が好きか
そうじゃないかの自己満足でいいのです。
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優劣はあなた様の声じゃなくて
社会で作られた声です、
社会のものさしです。
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「優劣」じゃなくて
「自己満足」でいい。
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そんなことを考えた
本日です。
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