"自分という他人"だから大好きなんだ



「自分という他人」


なんだか矛盾を感じなくもない
この言葉ですが、
私はふと自分の中に「他人(別人格)」を
感じることがあります。

軸となる自分の人格の他に
何人かの人格(他人)が
心の中に現れるのです。



私が2度寝しようとすると
「起きろ!己に打ち勝つのだ!」
と修行僧のような人格が出現しますし

小学生と接しているときは
お母さんのような人格が出現します。

かと思えば
星空を見ながら歩いていると、
「はぁー!迎えに来て〜〜〜!」と
さも「私は宇宙人ですよ」
といような人格が出現します。


私の中の他人(別人格)は
だいぶ個性的な面々ですが、
これってきっと他の方にも
当てはまるんじゃないかな?
と思いました。


例えてわかりやすいのは
ダイエット中でしょうか。
「少しくらい食べてもいいよね」
と思う自分と

「ダメだ!冷蔵庫を閉じろ!」
と思うスパルタトレーナーの自分。


どちらも自分であることに
変わりはないのですが
普段の自分とは異なった人格が出現します。


自分で出現させている場合も
ございますが、

上記の例以外に皆さんも
自分の中に他人(別人格)を感じることは
ございませんか?






『”自分という他人”だから大好きなんだ』




先日友達に
自分のことが好きかと聞かれた私は
「やぁ〜!大好き!大好きだよ!」と
即答していました。

なんでそう思えたのかな?と
考えてみたところ
それは自分の中の「他人(別人格)」
のおかげだなと気づきました。


少年のような人格に
女子中学生のような人格。

侍のような人格に
修行僧のような人格。

お母さんのような人格に
紳士のような人格。

あばあちゃんのような人格に
宇宙人のような人格。


自分の中のどの他人(人格)もおもしろくて
大好きだと思っているから
友達からの質問にも
即答できたのだと思いました。


いつの間にか自分が
「あの人好きだな、なりたいな」と
思った人格を無意識に
取り入れていたのかもしれません。





自分の中にある他人の要素を感じてみると、
自分を好きになるきっかけに
繋がるのかもしれません。





(最後に)
過去私は自分を嫌っていいことが
何一つもなかったので
自分を好きだと思うようにしました。

欠点も欠点だと思うのをやめました。


そのほうが何倍も
生きやすくなりましたので

もし自分が嫌いな方は少しづつ
ご自身を嫌うのやめてみては
いかがでしょうか〜(^^)



自分は案外
悪い人じゃないかもしれませんよ。






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