小6のときの自分が人生の本質を教えてくれていた話



⁡小6のとき卒業文集で私は、
「健康で好きな仕事ができて、
趣味も十分できるような
暮らしをするのが夢です」と書いた。
"何かになることだけが夢ではない"
そんな想いから
当時の私は書いたそうだ。
それから私は
15歳、18歳、20歳と
人生の節目を経てきた。
高3までは
猛禽類の飼育員になることが夢だった。
その後は
鷹匠になることが夢だった。
大学生のときは
VOGUEというファッション雑誌の
編集者になることが夢だった。
これは周りの方にも話していた。
その分とても応援して頂いた夢だった。
しかし、「現実は甘くない。」
いや、
きっと諦めなかったら
叶ったのだと思う。
過去に私が
夢を追いかけるのを止めてしまったのは
夢の片鱗に
現実を見てしまったからだ。
「想像してたのと違う」
これがほとんどの夢を
現実に引き戻した。
8月末で25歳になる私は
四半世紀目の誕生日を前に
自身の生き方について考え直した。
「どう生きていこうか」
「何をしていこうか」
「もう1度雑誌の編集者になる夢を目指す?」
違う。
「イラストレーターになる夢をめざす?」
惜しいけど違う。
「何か起業にチャレンジする?」
うんん、違う。
違うな。
私の夢は「何かになる」や
「何かを成し遂げる」ではないことに
気づいた。
私の夢は
「自分が心地よいと感じる生き方を
生涯し続けること」
息を吸うように自然で、
自分らしい姿で毎日を生きること。
この世に生をうけた私は、
見たもの、感じたものを
自分自身が納得のいくまで咀嚼し、
味わい尽くす。
そんな生き方がしたいと思った。
そのためには
ありのままの自分が心地よくいなければ
味わい尽くすことができない。
"自分に嘘をつくことのないように"
正直に。
誠実に。
私という人間を
生きていこうと思った。
25歳を前にした私が
夢を見つけられた今、
小6のときに書いた
" 私の夢" の卒業文集が
思い起こされた。
「小6のときの私は13年後
この夢に戻ってくることを
知っていたんだね。」 
それに気づけた途端、
なんか嬉しくて笑っちゃって、
でもなぜか涙がでてきた。 
温かい涙だった。
「夢が夢のふるさとに帰れて
嬉しかったのかな。」
と思った。
私は人生をかけて
この夢を実現しようと思う。
私が私だから
成し遂げられる夢。
夢って誰にも奪えない。
誰かと比較してなくてもいい、
尊いもの。
私が私でいれば、
あなたがあなたでいれば
ちゃんと見つかる。
この世にただ一人だけの
私とあなただから生まれるんだよ。
ただ一つだけの美しい夢がきっとね、
ほら。








2コメント

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  • 水色のピカチュウ

    2021.08.22 21:59

    @ホシノトウコとうこさん!!!すみません。。。。またもご返信がー!!!!遅れてしまいました(;_;)😭😭😭😭😭ありがとうございます🙇🏻🙇🏻ドッチボールの記憶しかなかったのですがこんなことをかんがえていたとは驚きでした☺️
  • ホシノトウコ

    2021.08.01 15:18

    素敵ですね。そして、とても大人ですね。