"文章"をアートに。




”文章”をおもしろくできないか?
”文章”をアートとして表現してみたい!



私が日々、文章を書くなかで
ふと思ったことである。



「”文章”をアートにする」の答え、

それはこの投稿の文章をじっくり
最後まで考えながら読むことで
分かると思う。

とても頭を使うが
それでも良いという方だけ
お付き合いいただければと思う。





◼︎”文章”をアートにするための方法


私は「文章を動画にしてアートにしよう!」
 と思った。

しかし、
動画にするだけでは
文章はアートにならない。

アートとは
「作り手の哲学(思考)が反映されたもの」
だからだ。

そのため
私はこの文章を表現する動画に
何か哲学(思考)を反映させなければならない。

そして哲学を反映した表現を
客観的な方法で記録することで
(この投稿の場合は動画)
アートにしようと思った。



「文章を書く」ことと
「アートにする」ことは
”表現する”という目的において
とても似ているように思えるが、
「実は全く違うものだ」と私は考える。

書くことの1番の目的は

「伝えること」

その中に”表現する”が含まれている。

アートの1番の目的は

「表現すること」

その中に”書く””描く””創造する”
などが含まれている。



つまり、
普段私が哲学を用いておこなっている
「書く」は”伝える”であって
”表現する(アート)”ではないのだ。

そのため今回私は、

”伝える”ために”書く”のではなく
”表現する(アート)”のために”書く”。


表現するために”書く”、
そしてそれを動画という
客観的な方法で表現することで
”文章”をアートにしたいと考えている。





◼︎動画に哲学(思考)を反映する


”文章”をアートにするために、
動画での表現にこんな哲学(思考)を
持たせてみる。


『0を1にすることは出来るけど、
1を0にすることは出来ないのか?』

という哲学である。

「0を1にする」とは
”何もない0のところから
何か1を生み出すこと”で
ビジネスシーンでよく使われる表現である。

そんな「0を1にする」の逆
「1を0にする」ことはできないのか?
できるとすれば何をもって
”できる”と言うのか?

私はこの疑問をもって、
哲学をしてみたいと思った。

この哲学(思考)を動画に反映させることで
 私は、”文章”をアートにしたいと思う。





◼︎【哲学】1を0にするとは?


意味をもう一度おさらいするが、

ビジネスシーンでよく耳にする
「0→1(ゼロイチ)」。

これは何もない0のところから
アイデアを絞り出し、
何か1を生みだすという意味である。

”書く”という行為もおそらく
「0→1」だろう。

何もない0(未完成)の状態から想像し、
書く(創造する)ことで
文章という1(完成)に到達する。


ではこれらの真逆である
「1→0(イチゼロ)」とは何だろうか?


せっかくあなたが考えているところ
私の考えをすぐにお伝えして
申し訳ないのだが、
私は「1→0」とは




「完成を未完成にすること」

だと考える。
 


これを”書く”という行為に例えると、
「完成した文章を全て消すこと」になる。
それにより、完成は未完成となり
「1→0」になる。


「完成を未完成にすること」


「作ったものを
壊すことを見越した上で創造すること」


それが私が考える
「1→0」であり、
「1を0にすること」である。






「0→1」には
”ものごとを創造する”という
立派な意味があるが、
「1→0」には
何の意味があるのだろうか?

私は、

”創造を見直すことの大切さ”

という意味があると思っている。

完成されたものはいつか崩壊し、
また未完成になる。

「1→0」の意味は

”崩壊を見込んで創造する”

ということにあると私は思った。


経済発展によって
たくさんの1(完成)ができた今、 
この世界のどこかで
「処理できないものを創造しているならば、
それらを見直さなければ
ならないのではないか?」

「1→0」という哲学を通して
私はそんなことも思った。





◼︎ようやく”文章”がアートになる!


私は今回、
哲学(思考)を動画に反映させることで
「”文章”をアートにする」と記した。

私なりの哲学が
動画に反映されることで、
私の”文章”はアートになる。

「わーい!アートになるよ!
アートになるよー!みんなー!」

私の”文章”は間もなく、
アートになろうとしている。





◼︎他にはない
「創造(クリエイティビティ)」を
目指して


普通、
だいたいの創造物は
「0→1」で終わっている。

「絵画」も絵を描いて
完成したら終わりを迎えるし、
「小説」も文章を書いて
完成したら終わりを迎える。

それらの中では
「0→1」だけが存在している。

しかし私は、
「それらの1歩先に進んでみたい!」
と思ったため、この投稿の中に
「0→1」だけではなく
「1→0」も組み込もうと考えた。

だから私は私の”文章”をアートにするために

この文章をすべて消すつもりである。


私は「1→0」という
「完成を未完成にする」ことを
投稿内に組み込むために
書いた文章をすべて消すのだ。





◼︎”文章”というアート


書いた文章をすべて消してしまうだけでは
アートにならないが、
動画として表現すれば
文章を消すところさえも”アート”になる。

私が今回 ”表現する”ために書いた”文章”が
 「0→1」「1→0」を
含んだアートとして残る。





長々と書いてきたが(笑)
そろそろ全文章を
下から消し始めようと思う。


1つのコンテンツの中で
「0→1」と「1→0」が
存在することを動画にして、
”文章”をアートにするために。





さぁ、
「1→0」の始まりだ。




実際に消したところは
InstagramのIGTVに掲載してありますので
リンクから飛んでいただけますと
嬉しいです!

【@humika_sakamoto】←コチラをクリック

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