"自分の中の自分は1人だ"なんて思わない方がラクなのかも



「今日はやけに落ち着いた自分だな。」
「今日は身震いするほど
生真面目な自分だな。」
「今日は・・・」
と、
日々みなさんも自分という人間を
感じることがあると思う。
そして365日、
時に366日。
低気圧の影響だったり、
上司、後輩の言葉だったり
家族、友人、恋人の言葉で
感情が揺れ動く自分がいると思う。
それゆえに自分の性格が、
今日は変わってるな〜と感じる日も
あると思う。
「今日の自分は好きだったな」
「今日の自分は嫌だった」
「この瞬間の自分は好きだったな」
「この瞬間の自分は、、、最悪だった。」
私も日々、
いろいろな自分を感じている。
時には、
「はぁ、自分
なんでこんなんやろう」
と向き合いたくない自分の一面に
ため息をつくこともある。
前までは
「どんな自分も好きでいよう!」と
思っていた。
その方が自分を好きになれると思っていたし、
生きやすいと思っていた。
だが、この頃は
「別タイプの自分出てきた」
と思うだけになった。
その別タイプを好きになろうとも
嫌いになろうとも思わない。
ただ別タイプの自分を認めるだけである。
「あ、自分の中のAさん出てきたわ」
「Cさんは能天気なんだよな〜」
「Eさんは昔気質の武士」
「ほら宇宙人のFさんまた変なこと言ってる」
ただ存在を認める。
けっして嫌わない。
苦手に感じる別タイプの自分もいるけれど
それはそれで面白かったりする。
自分の中の人格を
1つにしようなんて思わない。
そんな完璧なことはできない。
完璧じゃない、自分は。
つねに不完全で
この先もきっと不完全。
自分の中の苦手な自分を見てしまうと
なんだかずっと「モヤ〜っ」て
するかもしれないけど、
それでいいのだと思う。
自分の中の自分は1人だとは思わずに
自分の中の複数の自分をただ認める。
今日の私も昨日の自分とは少し違う。
でも、
「それでいいじゃん」って。
そう思う。

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